今月1日、インドネシアは入国する旅客に対する大きな変革を実施した。これまで空港や港で手書きや別々の電子フォームとして提出されていた到着カードや税関申告が廃止され、新たなデジタル到着フォーム「All Indonesia」の提出を義務化したのである。当面の対象は、ジャカルタ近郊のスカルノ・ハッタ国際空港、バリ島のングラ・ライ国際空港、東ジャワ州のジュアンダ国際空港という主要3空港に加え、バタム島にある6つの国際フェリー港(バタムセンター、ノンサ、マリーナ、セクパン、ハーバーベイ、ベンコン)に到着する旅客が対象だ。ただ、政府は段階的に対象を拡大し、将来的にはすべての国際空港・港湾・国境検問所で運用を目指すとしている。
「All Indonesia」は、入国管理を担う移民総局、関税を所管する財務省関税総局、疾病管理を統括する保健省、そして動植物検疫を担うインドネシア検疫局の4機関の申告システムを統合した初の取り組みだ。ウィディヤンティ・プトゥリ・ワルダナ観光相は「インドネシア入国手続き全体を簡素化する唯一の公式システムであり、観光客が多様な自然や文化を楽しむうえで、利便性と快適さをもたらす」と述べ、観光産業への追い風になると強調している。
実際、利用方法は比較的分かりやすい。公式サイトまたはアプリにアクセスし、「インドネシア国民」「外国人訪問者」「到着カードの受け取り」という3つのメニューから状況に応じて選択。パスポートの基本情報や連絡先、便名や到着日、滞在先住所、渡航目的を入力したうえで、携行品や健康状態、動植物の持ち込みに関する申告を行う。すべての情報を送信すると固有のQRコードが発行され、これを入国審査や税関通過時に提示すれば手続きが完了する。これにより、これまで別途提出が必要だった電子税関申告(e-CD)や紙の到着カードは完全に不要となる。
政府の狙いは単に効率化だけではない。健康情報を集約することで感染症の侵入リスクを早期に察知でき、農産物や動植物に混入する病害虫の監視も強化される。税関データが入国管理情報と直結するため、違法物品の流入防止にも資するとされる。つまり、旅行者にとって便利なアプリであると同時に、国家の安全保障と食料安全保障を支える有用なインフラでもあるという。
もっとも、すべてがこのアプリで完結するわけではない。海外で購入した携帯端末をインドネシア国内で90日以上使用する場合に必要なIMEI登録は現時点で非対応であり、空港の専用カウンターで登録を行う必要がある。また、観光や短期滞在に必要なビザ(到着ビザ「VOA」など)は、従来通り移民局の公式サイト「e-visa」で申請しなければならない。さらに、バリ島を訪れる旅行者は観光税(150,000ルピア)を「Love Bali」サイトで事前支払いする必要もある。
これら複数の仕組みを理解し、正しい公式サイトを利用することが旅行者には求められる。「All Indonesia」の登録は無料であり、クレジットカード情報の入力は不要だが、偽サイトや高額な代行サービスには注意が必要だ。インドネシアでは往々にして、このような新しいサービスが始まる時に不慣れを狙う詐欺師たちが暗躍するからだ。また、プライバシー保護や制度変更への柔軟な対応といった課題も残る。空港職員が新システムを理解しておらず、不要なはずの手続きや費用を科されるといった事態が起こり得るのもまたインドネシアである。
インドネシア政府は、この制度が旅行者に「迅速で安全、利用しやすい体験」をもたらすと強調している。ただ、出発前にAll Indonesiaを必ず登録しQRコードを保存することに加え、IMEI・ビザ・観光税といった別手続きを怠らないこと、そして言い掛かりの類に毅然とNoと言える準備をしておくことが大事である。
<大塚 玲央>
1987年長野県生まれ。親の仕事の関係で幼少より転校を繰り返し、高校時代はシンガポールで過ごす。大学卒業後、放送局や旅行代理店勤務を経て現職。2011年よりインドネシア在住。趣味ゴルフ、野球。
大塚 玲央 メールアドレス:reo.fantasista@gmail.com
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