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よもやまノンキインドネシア (第54回)
「ガラス張りコートに群がる人々 パデルが映す都市中間層の余暇事情」

2026. 01. 27 | その他

インドネシアでここ数年、確実に勢力を拡大しているスポーツがある。パデルである。テニスとスカッシュを掛け合わせたような競技で、ガラス張りのコートを使い、壁を活用する独特のルールを持つ。数年前まで一部の富裕層や駐在員の余暇に過ぎなかったこの競技は、今やジャカルタ近郊を中心に専用施設が急増し、週末の予約が数週先まで埋まることも珍しくなくなった。邦人界隈でも若手を中心にパデルに汗を流すグループがいくつもあると聞く。

そんなパデル人気の背景には、都市生活者特有の事情がある。テニスほど技術も体力も必要とせず、ダブルスが基本で会話を交えながらプレーできる。勝敗より「一緒にやっている感」が重視され、仕事終わりに軽く汗を流すには都合がいい。健康管理と社交を同時に満たす手段として、富裕層から中間層へと支持が広がったのは自然な流れだ。パデル施設の立地も、この拡大に一役買っている。高級住宅街の一角やショッピングモール併設型が多く、純粋な競技施設というよりライフスタイル空間として設計されている。こうした空間設計は、社交の場としてのゴルフに似ているが、ゴルフほど時間も費用もかからない。しかも基本屋根付きなので、天候に左右されずプレーが可能だ。ゴルフほど気取らずに楽しめる点が、忙しい都市住民の余暇にうまく収まったのではないか。

ここで比較すべきは、パデル大国スペインである。スペインではパデルは流行ではなく、すでに国民的スポーツに近い。富裕層だけでなく、労働者階級や高齢者まで幅広く浸透し、公共施設としてのコートも多い。4,500以上のクラブに17,000以上のコートを有し、競技人口は550万人を超えるとされている。つまり、消費財ではなく生活文化として根付いているのである。

一方、インドネシアのパデルは、まだ富裕層の「おしゃれな運動」にとどまっている。壁に囲まれているのはコートだけでなく、参加層も同様である。他の国内スポーツと比べても、パデルの立ち位置は独特だ。サッカーは国民的競技だが、観る文化が中心で、都市部ではプレー環境が乏しい。バドミントンは世界的強豪国であるが、それ故競技志向が多少強めである。テニスは設備と技術の壁が高い。その隙間をパデルは巧みに突いた。しかし、このブームが定着するかどうかは別問題である。専用コートが必要な競技は、地価が高騰する都市部では常に逆風にさらされる。利用料や用具代も決して安くはない。流行に敏感な層が次の「映えるスポーツ」へ移れば、残るのはガラス張りのコートと過剰投資だけ、という未来も十分にあり得る。

皮肉なことに、パデル人気を加速させている一番の要因はスポーツ性そのものではなく、SNS映えである。ウェア、動画、交流の様子が拡散され、「やっている自分」が消費される。中央ジャカルタのビル26階にあるコートや南ジャカルタにあるピンク色のコートは、各種SNSで多く投稿され注目を集めている。これは健康的であると同時に、極めて現代的な消費文化だ。体を動かすことよりも、属していることが重要になる瞬間、スポーツは文化ではなく商品になる。それでも、パデルが持つ「人を集める力」は無視できない。勝敗より体験、効率より関係性。この価値観は、成果と競争に疲れた都市生活者の反動として、今後も一定の需要を保つだろう。企業のチームビルディングや異業種交流に使われ始めている点も、その証左である。

パデルがスペインのように文化として根付くのか、消費され尽くすのか。その分岐点は競技そのものではなく、どれだけ「続けたい関係性」を生み出せるかにかかっている。コート建設ラッシュが続くジャカルタでは、ガラス張りの洒落た空間を舞台に、パデルはいま、流行と定着の境界線に立たされている。

<大塚 玲央>

1987年長野県生まれ。親の仕事の関係で幼少より転校を繰り返し、高校時代はシンガポールで過ごす。大学卒業後、放送局や旅行代理店勤務を経て現職。2011年よりインドネシア在住。趣味ゴルフ、野球。

大塚 玲央 メールアドレス:reo.fantasista@gmail.com

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※本レポートは筆者の個人的見解であり、PT. Japan Asia Consultantsの公式見解を示すものではありません。