穴だらけだった道路が突然舗装され、歩道が掃除され、街路樹まで整えられる。そんな変化が突然起きる。この話を聞いて、ピンときたゴルファーもいるだろう。ジャカルタ郊外の山中にあるゴルフ場へ向かう道が知らぬ間にきれいに整備されたのも最近のことだ。それまでは、村の中を通過するガタガタの山道を上がっていく必要があったが、今ではスムーズな舗装路でゴルフ場“近く”まで到達できる。
その理由は単純だ。現職大統領の所有する邸宅の一つへと続く道だからである。だから、整備されたのはゴルフ場までではなく“その手前まで”なのである。要はたまたま恩恵を受けた形である。そして、往々にしてこのような場合は周辺の人間が指示している。本人が公に指示を出せば、たちまち私的流用として糾弾される。だから、その前に“気を遣った”右腕たちが忠誠心を示すのである。
地方の小さな町でもこのようなケースは往々にして起こる。昨日まで冠水していた道が、一週間後には見違えるほどきれいになっている。消えていた白線が復活し、雑草は刈られ、壊れていた街灯まで点灯する。住民は驚く。「この町に、こんな工事能力があったのか」と。
こちらも理由は単純である。大臣が来るのだ。あるいは州知事か、有力政治家か、はたまた海外から視察に来る大企業の関係者か。要するに「偉い人」が視察へ来る予定が入ると、その町は突然本気を出す。特に空港から視察会場までの道路は重要である。舗装、清掃、植木整理、壁塗装。ありとあらゆる作業が国家プロジェクトのような速度感で進む。ただ、その道を一本外れると何も変わっていない普段通りの光景が広がる。この“視察ルート限定整備”は、なかなか興味深い現象である。なぜなら、地方行政が本当に能力不足というわけではないことを証明してしまっているからだ。やろうと思えば短期間で整備できる。しかし普段はやれない。あるいは、やらない。
そこに地方政治の現実が見え隠れする。もちろん行政側にも事情はある。予算不足、人員不足、急速な人口増加。インドネシア地方都市は発展速度が速く、インフラ整備が追いつかない地域も多い。特に地方では道路、水害対策、交通整備など課題が山積みである。しかし、それでも住民は知っている。行政が「できるかどうか」ではなく、「誰に見せるか」で動く場合があることを。もちろん、その背景には地方政治特有の「中央へのアピール競争」もある。地方首長にとって、中央政府との関係は極めて重要である。良い印象を与えれば予算や支援に繋がる可能性もある。そのため視察は、単なる訪問ではなく一種の政治イベントになる。
だから街は磨かれる。主にカメラへ映る範囲限定で。最近ではSNSの影響も大きい。視察動画はTikTokやInstagramで投稿される。市長が舗装道路を歩き、笑顔で住民と握手する映像が拡散される。つまり現代の地方行政は、「実際に整備すること」と同じくらい、「整備しているように見せること」が重要になった。
その結果、視察前だけ完璧に整えられ、終了後は少しずつ元へ戻る。ペンキは剥がれ、雑草は伸び、道路は再び穴を開ける。そして、別の視察予定が入ると再び修復が始まる。極めて非効率な循環型社会である。地方行政もまた限られた予算と政治的現実の中で動いている。すべてを一気に改善することは難しい。だからこそ、優先順位が「まず見える場所」になる。
空港前だけ近未来的な道路。町の入り口に鎮座する歓迎ゲート。視察ルート沿いの整った植栽。その裏に広がる昔ながらの市場と未舗装路。その少々ちぐはぐな風景こそ、いまのインドネシア地方都市のリアルなのかもしれない。完璧ではない。合理的でもない。しかし、とりあえず見られる時だけ全力を出す。その妙に人間臭い行政スタイルに、この国らしさが詰まっているのである。
<大塚 玲央>
1987年長野県生まれ。親の仕事の関係で幼少より転校を繰り返し、高校時代はシンガポールで過ごす。大学卒業後、放送局や旅行代理店勤務を経て現職。2011年よりインドネシア在住。趣味ゴルフ、野球。
大塚 玲央 メールアドレス:reo.fantasista@gmail.com
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