インドネシアで生活していると、「日本語を勉強している」という人に出会うことは珍しくない。日本で働くことを目指す技能実習生はもちろん、日本のアニメや漫画をきっかけに日本語に興味を持ったという人も多い。そんな日本語学習者を悩ませる言葉の一つが、「かわいい」である。
あるインドネシア人の技能実習生と話していたときのことだ。普段からアニメを見ながら日本語を勉強しているという彼が、真剣な顔で「かわいい」の使い方について質問してきた。
「アニメで、イチゴを見て『かわいい』と言っていました。なぜですか?」
こちらも一瞬、考えてしまった。確かに、イチゴである。食べる前なら「おいしそう」、食べた後なら「おいしい」が適当ではないのか。
もちろん日本人なら、赤くて小さなイチゴを見て「かわいい」と言うことがあるのは肌感で分かる。形や色を見て、愛らしいと感じるからである。しかし、日本語を学ぶ側からすれば、食べ物を見て最初に出てくる言葉は「おいしい」ではないのか、と考えるのも無理はない。日本人にとっては何気ない一言でも、日本語を外国語として学ぶ人にとっては、理解するのが難しい言葉なのである。そもそも「かわいい」は、かなり守備範囲の広い言葉である。
本来の「愛らしい」という意味だけではない。小さいもの、カラフルなもの、ふわふわしたものなど、さまざまな対象に「かわいい」が使われる。さらに「キモかわいい」「ダサかわいい」といった表現まである。
「キモい」と「かわいい」。
「ダサい」と「かわいい」。
本来なら同じ方向を向いていなさそうな言葉まで、平然と一つにまとめてしまう。日本語を勉強している側からすれば、「いったい、かわいいとは何なのか」と頭を抱えたくなるだろう。
「かわいい」は、単なる外見への評価ではなく、親しみや好意を示す言葉としても使われる。だからこそ、対象はどんどん広がっていく。日本人にとっては便利な言葉だが、外国人にとっては便利どころか、意味の境界線が見えにくい言葉なのである。
以前、飲食店で食事をしていたとき、隣席から男女のこんな会話が聞こえてきた。
「ご兄弟はいるの?」
「3兄弟の末っ子です」
「3兄弟なんだ、かわいい。しかも末っ子!かわいいー!」
私は思わず考えてしまった。3兄弟の何がかわいいのだろう。末っ子がかわいいというイメージは、何となく分からないでもない。しかし、その男性はスポーツマン体型の精悍な男性だった。どう見ても「かわいい」という言葉から最初に連想する姿ではない。もちろん、その女性が悪いわけではない。親しみを込めて「かわいい」と言ったのだろう。しかし、男性もかわいいと言われて少し戸惑ったような表情を浮かべていた。
何でもかんでも「かわいい」で済ませてしまうのは、外国人が日本語を学ぶという観点から考えると、決してプラスではない。日本人同士なら、言葉の意味よりも「どんな気持ちで言ったのか」が伝わることがある。ところが外国人にとっては、そこが最も難しい。
もちろん、言葉は時代とともに変化する。新しい表現が生まれることも自然なことである。「かわいい」が広い意味で使われるようになったこと自体を否定する必要はない。ただ、日本で働くことを夢見て、一生懸命日本語を勉強している人たちにとって、私たちの何気ない一言が教材になっていることは忘れてはいけない。そうやって身につけた日本語が、実際には日本人自身にも明確に説明できない言葉だったら、学ぶ側は混乱する。
今回、「イチゴはなぜ『かわいい』なのか」と真剣に尋ねられたことで、私自身も改めて言葉について考えさせられた。日本で働くことを夢見ているインドネシア人にとって、日本語は単なる試験科目ではない。これから暮らし、働き、人と関係を築いていくための大切な道具である。だからこそ聞かれたときにすぐ答えられるようになろうと思う。
<大塚 玲央>
1987年長野県生まれ。親の仕事の関係で幼少より転校を繰り返し、高校時代はシンガポールで過ごす。大学卒業後、放送局や旅行代理店勤務を経て現職。2011年よりインドネシア在住。趣味ゴルフ、野球。
大塚 玲央 メールアドレス:reo.fantasista@gmail.com
ご意見・ご感想ございましたら、お気軽にご連絡ください。
※本レポートは筆者の個人的見解であり、PT. Japan Asia Consultantsの公式見解を示すものではありません。