インドネシアは豊かな自然と高温多湿な気候に恵まれ、多種多様な植物が生育することで知られている。実は、キノコも例外ではない。インドネシアには多くの種類の食用キノコがあり、家庭料理から高級料理に至るまで幅広く活用されている。都市部のスーパーマーケットや地元市場でも比較的手軽に手に入れることができ、消費者からの人気も高いキノコに焦点をあてる。
インドネシアでもっともよく見かけるキノコのひとつがヒラタケ(Jamur Tiram)だろう。白やクリーム色の傘を持ち、カキの殻のように湾曲している形状が特徴である。主に腐朽木に自生し、インドネシアでは人工栽培も盛んに行われている。チャプチャイやスープなど多様な料理に使われ、ヒラタケに小麦粉をまぶして揚げたスナック「ジャムール・クリスピー」の屋台は道端でよく見かける。同じくインドネシア料理によく登場するキクラゲも、特に湿度の高い地域を中心に栽培されている。その他、抗酸化作用や抗炎症作用に優れ、がんや老化の予防にも役立つとインドネシアで人気が高まっているエノキタケを始め、シイタケ、シメジ、マッシュルームなども各飲食店やスーパーで必ず見かけるほどインドネシアに溶け込んでいる。また、キノコの根に相当する部分である菌糸体から、皮革「Mylea」を開発したのもインドネシア企業である。テンペに着想を得て、非動物性の皮革をと研究を始めたというのだから、その発想力には敬服するばかりである。
さて、ここまで多様なキノコが育つインドネシアだが、マツタケだけは例外である。マツタケは日本や韓国、台湾、北米や北ヨーロッパの一部地域など特定の気候と土壌でのみ自生する非常に希少なキノコである。熱帯地域のインドネシアは、高温多湿という点ではキノコの栽培に適しているように見えるが、乾燥し痩せた土壌を好むマツタケにとっては逆に過酷な環境である。また、マツタケはアカマツなど特定の樹木の根と共生関係を持つ「菌根菌」である。つまり、土壌中で木の根と栄養をやり取りしながら生育するという特殊な性質を持っている。加えて、微妙な環境変化に敏感で、気温や湿度のわずかな変化、土壌のpHバランス、菌類の競合状況などに強く影響される。だからこそマツタケの人工栽培は非常に困難だとされている。
インドネシアにはアカマツのような寒帯・温帯性の針葉樹林がほとんど存在せず、土壌条件もマツタケには不向きだ。現在、国内でマツタケを目にすることがあるとすれば、ほぼ間違いなく日本や韓国などからの高級輸入品であり、ごく一部の高級日本食店でしか扱われていない。しかし、それが逆にインドネシア人富裕層の間でヴェブレン効果を生んでいるのもまた事実である。
豊かな熱帯の自然を背景に、インドネシアのキノコ食文化はこれからも多様化していくだろう。キノコは、その栄養価の高さから「森の恵み」とも呼ばれる。食物繊維、タンパク質、マグネシウム、カリウム、ビタミンB6、葉酸、リンなどが豊富に含まれており、がん予防、心臓疾患のリスク軽減、神経系や骨の健康維持など、様々な健康効果が期待されている。健康ブームのインドネシアにおいてその存在感を増していくに違いない。だが、大地に荘厳と佇むマツタケだけは、インドネシアでは幻の光景であり続けるだろう。
<大塚 玲央>
1987年長野県生まれ。親の仕事の関係で幼少より転校を繰り返し、高校時代はシンガポールで過ごす。大学卒業後、放送局や旅行代理店勤務を経て現職。2011年よりインドネシア在住。趣味ゴルフ、野球。
大塚 玲央 メールアドレス:reo.fantasista@gmail.com
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