インドネシア東部フローレス島のマウメレ港からほど近い一角に、600本ものパパイヤの木が並ぶ庭園がある。その庭園を育て上げたのは、農業の知識もなく、小学校の卒業証書さえ持たない一人の港湾労働者マリオノ・マルソン氏。
彼はマウメレ港で港湾労働者として働きながら、空いた時間で雑草が生い茂った空き地を耕した。そして、そこに彼は“希望”を植えた。
2020年にインドネシア全土を巻き込んだ新型コロナの影響は、すぐに地方都市にも押し寄せた。港の業務は激減し、マルソン氏の仕事も不安定に。収入は減り続け、家族の生活を守るのも厳しくなった。時間を持て余した彼は、耕した地に20本のパパイヤとトマトを植えてみる。だが、これが大きな転機となる。実ったパパイヤは周囲から好評を得、手応えを感じたマルソン氏はパパイヤに絞って100本、200本と木を増やしていく。特筆すべきは、彼が化学肥料を一切使っていないことだ。肥料は堆肥のみ、すべて手作業で手間と愛情をかけている。農業の知識もない彼が独学で育てたパパイヤにも関わらず、そのパパイヤは「赤みがかって甘い」と評判だ。市場での売れ行きも好調で1個あたり7,000~10,000ルピア、週に最大500個を収穫し、近くの市場で販売しているのだという。「週3回くらい売っている。多い時は一度に50個も売れる」と誇らしげに語る。
3人の子どもを育てる父親として、マルソン氏には一つの大きな夢がある。それは「子どもたちを大学に通わせる」こと。すでに長男は、クパンにあるヌサ・チェンダナ大学で会計学を学んでいる。残る2人も中学校に在学中。「私は小学校を卒業していないが、子どもたちは大学に行かせなければならない」と語る彼の目の奥底には、自身の懸命な努力に対する自負が透ける。
マルソン氏が今も働く港湾の責任者ポール・ニニン・パウ氏は「マルソン氏はすべての労働者にとって良い手本です。空き地を活用し、勤務時間外でも生産的な生活を送っていることを誇りに思います」と称賛した上で、今後さらにこうした小規模農家を支援する形での行政の関与を求めている。現在マウメレ港に入港する船の数は、週に5〜6隻ほど。港湾労働者が他の分野にも時間と労力を費やせるよう、政府による指導や支援が必要としている。
学歴も経験もない中、コロナ禍で思い切って人生の舵を切り、カリフォルニアパパイヤをはじめとする様々な品種で埋め尽くされた生産性の高い希望の庭園を育て上げたマルソン氏。彼が育てたのは単なる木ではなく、家族の未来を実らせる希望だったのである。
他方、日本には学歴にこだわり、首長の座にこだわり、市政をいたずらに混乱させている人間もいる。開き直ったのか、辞職の意向から一転、続投の考えを示したという。過ちはうやむやにし、逃げ切れる道を模索しているようにしか市民には映らないだろう。過ちを認められる潔さは、同時に人間の強さでもある。未知の世界に飛び込む思い切りさ、利他的であふれる共感性、卒業証書を一枚も持たないマルソン氏の情熱から学ぶべきことが多くあるのではないだろうか。
<大塚 玲央>
1987年長野県生まれ。親の仕事の関係で幼少より転校を繰り返し、高校時代はシンガポールで過ごす。大学卒業後、放送局や旅行代理店勤務を経て現職。2011年よりインドネシア在住。趣味ゴルフ、野球。
大塚 玲央 メールアドレス:reo.fantasista@gmail.com
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