4、5月から10月が乾季とされているインドネシア。本来なら乾いた風が吹き抜けるはずの8月に入っても、インドネシア各地では思いがけない大雨が降り続いている。例年なら稲作農家が水不足を心配する季節だが、今年は逆に灌漑水が潤沢に供給され、農業にとってはむしろ追い風となっている。この現象は、湿潤干ばつと呼ばれ、乾季でありながら雨が多い特殊な気候状態を意味する。
国立研究イノベーション機構(BRIN)の気候大気研究センター主任研究専門家エドヴィン・アルドリアン氏は「これは異常気象ではあるが危険ではない。農業部門には恩恵をもたらす」と指摘する。確かに、乾季の雨は稲作の収穫量を押し上げる。干ばつによる被害を回避できる上、灌漑コストの削減にもつながる。農家にとっては、まさに“天の恵み”とも言えるだろう。一方で、当然リスクも存在する。唐辛子やタマネギ、トマトといった園芸作物は湿度に弱く、湿気は害虫の発生も助長する。市場価格の不安定は、農家だけに留まらず、都市部居住者にとっても決して無縁ではない。農業省や気象気候地球物理庁(BMKG)が、農家に排水対策や作物保険を勧めるのは、こうした不安定要因に備えるためである。
BMKGの観測によれば、今年の乾季入りは例年より大幅に遅れ、8月初旬の時点で乾季に入った地域はわずか57%となっている。北スラウェシ、東スラウェシ、西カリマンタン、東パプア、ブンクルなどでは降雨が続き、乾季への完全な移行とはなっていない。この気候の揺らぎの背景には、海面水温の上昇があるとする説がある。地球温暖化がもたらす海洋環境の変化が、インドネシアの気候リズムを変えているというのだ。もはや「乾季は乾燥、雨季は多雨」という単純な図式は通用しない。気候変動は毎年予想に反する表情を見せ、人々の生活に直接的な影響を及ぼしている。
乾季に入っていると認定されているジャカルタでさえ、定期的な豪雨によって道路への冠水、交通渋滞が日常茶飯事となっている。豪雨に対するインフラ整備は遅々として進んでいない。農民の水田を潤す雨が、都市住民の足を奪う皮肉は、気候変動時代におけるインドネシア社会の象徴的二面性とも言えるだろう。それでも熱帯に位置し、元来、雨季と乾季の境界が曖昧な気候を持つ国であるため、今回のような「雨の多い乾季」は珍しくはあるが、自然変動の範囲内でもあるとする専門家は少なくなく、今後への方策に対する積極性はあまり感じられない。
エドヴィン氏は「雨の多い乾季は乾季の終わり、つまり2025年9月末頃まで続く可能性がある」と予測している。一見するといま流行りの進次郎構文にも見えるこれは、今後まだいくつかの地域で比較的降雨量が多い状態が続く可能性があると示唆している。つまり、2025年の乾季は“湿った乾季”として記憶されることになりそうだ。今後は、農業政策、水資源管理、都市インフラ整備など、従来の気候パターンに沿うのではなく、その年の気候に合わせた柔軟な対応が求められる時代になるだろう。今年の湿った乾季は単なる一過性の現象ではなく、インドネシア社会全体に対する“適応力のテスト”なのかもしれない。
<大塚 玲央>
1987年長野県生まれ。親の仕事の関係で幼少より転校を繰り返し、高校時代はシンガポールで過ごす。大学卒業後、放送局や旅行代理店勤務を経て現職。2011年よりインドネシア在住。趣味ゴルフ、野球。
大塚 玲央 メールアドレス:reo.fantasista@gmail.com
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