インドネシアでは昨今、商品やサービスを見る目が変わりつつある。ある者は「安くて使えれば、それでいい」と言い、別の者は「質と安全が担保されなければ購入しない」と言う。これらは決して単なる消費者の好みではない。それはまさに中国流と日本流という二つのビジネス価値観が、インドネシアという巨大市場でぶつかり合っている姿である。
まず、中国流の価値観は質より安さやスピードを重視する傾向にある。これは中国製品やサービスが長年築いてきた競争戦略である。製造業を中心に、コスト削減を追求して価格競争力を強化し、スピードで市場を席巻する。いわば「市場のシェアを獲るための“即効性だけは高い”万能戦術」である。インドネシアでは、この戦術が一定の成功を収めている。特に都市部の若年層や所得の低い層では、「とにかく安い」ことが大きな価値とされる。衣料でも日用品でも、「使えなくはない、壊れたら買い替えればいい」という割り切りが日常化している。こうした背景には所得水準がある。インドネシアの平均所得はまだ途上国水準であり、多くの消費者は価格を最優先する傾向にある。ここで中国製品は強い。低価格で“同等とされる”機能を持つ商品を短期間で大量に市場に供給する。消費者は「コスパ重視」という言葉すら意識せずに、自然とこの価値観を受け入れている。
しかし、その一方で、別の価値観が着実に広がっている。それが日本流の価格より質や安全を重視するビジネス価値観だ。特に富裕層や中間所得層、そして子育て世代ではこの傾向が顕著である。具体例を挙げれば、ベビー用品や食の安全に関わる商品・サービスでは、「安くてそれなり」で済ませるという選択肢は次第に縮小しつつある。「安心を買う」「高くても長く使える高品質を選ぶ」という考え方が少しずつだが浸透してきた。この日本流価値観の受容は、必ずしも日本製品が市場に多く流通しているからだけではない。むしろ、日本のブランドが長年にわたり品質へのこだわりを示し続けた結果、価値観自体を変えてきたのである。「安かろう悪かろうは結果的に損だ」という意識が徐々に所得の低い層まで広がりつつあるのもまた事実である。
もちろん、この二つの価値観は対立するものではない。むしろインドネシアでは、同じ消費者が両者を同時に使い分けるケースもある。たとえばスマートフォンは「安い中国ブランドで十分」、だが健康食品や子ども用品は「日本ブランドで安心を買う」という選択だ。この使い分けは、単なる贅沢でも主義主張でもない。生活のリアリズムである。
だが、ここに皮肉な現実もある。インドネシア政府や経済界は、かつて「国内産業を発展させるには価格競争力の獲得が鍵だ」と唱えた時期が長かった。ところが今や、価格だけでは勝負できない分野が増えている。人々は価格だけを見て買う時代を卒業しつつあり、同時に「安すぎるのも不安」という価値観が成長市場を形成しつつあるのだ。これはまさにかつての政府や企業の戦略が追いつかないほど、市場が成熟している証左でもある。インドネシアの消費社会は、この二つの価値観を合わせ持つ「ハイブリッド市場」へと変容している。安さと早さを求める人々と、質と安全を求める人々が共存する社会。そこに、これからの国内外企業の戦略が問われる鍵がある。
中国流はスケールとスピードで市場に入り込み、日本流は信頼と品質で消費者の心を掴む。だが最終的に求められるのは、どちらの価値観も否定せずに、両者の“良さ”を柔軟に取り込む企業だ。それが、消費者が無言のうちに突き付けているビジネスモデルの未来ではないだろうか。
<大塚 玲央>
1987年長野県生まれ。親の仕事の関係で幼少より転校を繰り返し、高校時代はシンガポールで過ごす。大学卒業後、放送局や旅行代理店勤務を経て現職。2011年よりインドネシア在住。趣味ゴルフ、野球。
大塚 玲央 メールアドレス:reo.fantasista@gmail.com
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